買い物帰りのショーウィンドウや、夜の電車の窓。 見るつもりもなかった場所に、ふと自分が映り込むことがあります。
その一瞬、心臓がドキッとする。 そこに立っているのは、自分によく似た「年上の誰か」に見えるからです。
気持ちが年齢に追いつかない
心の中の自分は、昔からそんなに変わっていません。 それなのに、外側の自分だけが、私の知らないスピードで進んでいってしまう。
去年お気に入りだった服が、今年はなぜか似合わない。 体型が激変したわけでも、服が傷んだわけでもないのに、鏡の中の自分と服がバラバラに浮いて見える。
変わったのは、私を包む「空気」なのだと気づかされます。
「年齢の割に」という透明な壁
「その年齢の割に、よくご存知ですね」 相手はきっと、純粋に褒めてくれているのでしょう。
けれど、その言葉の裏側にある「この年代なら、デジタルや新しいことは苦手なはずだ」という無意識の決めつけに、少しだけ疲れてしまう。
私は、50代というカテゴリーでまとめられたいわけではありません。
ただ、一人の人間として、培ってきた経験や今の感覚を自然に見てほしい。それだけなのです。
欲しいのは、凛とした清潔感

若く見られたい、と必死になっているわけではありません。
無理に若作りをしたいわけじゃない。
流行を追いかけたいわけでもない。
むしろ、そうした無理はしたくないのです。
私が「カッコいいな」と惹かれる人は、若さにしがみついている人ではなく、心と体の健康が表情ににじみ出ている人。
背筋がすっと伸びていて、自分を丁寧に扱っていることが伝わってくる、凛とした清潔感。
だからこそ、日々の小さな習慣を大切にしたい。
白髪が気になれば、毎日コツコツとヘッドマッサージを続ける。
姿勢を意識し、自分の足でしっかり歩く。
自分を「雑に」扱わない
これまでの人生、いろんなことを少しずつ諦めてきました。 昔のような自信は、もう表情には残っていません。
でも、ここで自分を投げ出すようなことはしたくない。 失くしてしまった自信を、もう一度取り戻したい。 それが、今の私の本心です。
「自分を粗末にしないでいたい。」 それが、今の私ができる最大の答え合わせかもしれません。
ちゃんと眠り、体を動かし、自分の心に正直に生きる。 そんな小さな積み重ねの先に、もう一度、自分を信じられる日が来ることを、私は待ち望んでいます。

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