最近、調味料のラベルの文字が、やけに小さく感じるようになった。
キッチンの灯りが暗いせいだと思っていた。
スマホの文字サイズは、とっくに「大」に変えていたし、携帯を開くたびに、画面を顔から少し離して見ていた。
レシピの「小さじ1/2」を確認するために、瓶を窓際まで持っていくことも増えた。
これはもう「早い」とか「遅い」の話じゃないな。
認めるしかなかった。
灯りの問題じゃない。
老眼だ。

目次
嫌だったのは、見えにくさだけじゃない
見えにくくて不便、というのはもちろんある。
だけど、年を取った自分を受け入れたくない。他人のことは何とも思わないのに、他人からどう見られているかばかり気にして避けてきた。
「まだ早い」とだまし続けている人、私だけじゃないよね?
目を細めた顔の方が、よっぽど老けて見えている
ある日、台所で瓶のラベルを覗き込んでいる自分を、鏡越しに見てしまった。
目を細めて、眉間にしわを寄せて、顔を瓶にぐっと近づけている。……これ、老眼鏡をかけているより、よっぽど老けて見える顔だ。
拒んできたのは「老けて見られたくない」からだったのに、見えないまま頑張っている顔の方が、その印象を強めているなんて。ちょっと笑える話だけど、本当にそうだった。

見た目が気にならない選択肢があると知った
昔とは違い、普通の眼鏡と見分けがつかないシンプルなデザインのものや、ブルーライトカットタイプなど、選択肢が思っていたよりずっと広かった。
たとえば、普通のメガネと見分けがつかないタイプとしては、こういったものがあります。
「老眼鏡」という言葉に引っかかっていただけで、やることは見やすい眼鏡を選ぶだけだった。
ブルーベリーを食べて、あがいてきたけど、これ以上は放っておけないところまで来ているんだよね。
こんな不便な生活を続けるより、1日でも早く折り合いを付けないとな。
そろそろ現実を見て、一本選んでみるか。

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